03.09.2004
仄暗い記憶の底から 9 東京コーヒー
二十歳の頃、バイト先の友達に誘われ、『ニューフェイズ』という名の「登校拒否を考える会」に参加していたことがある。登校拒否の経験者が作った会合で、登校拒否をしていて苦しんでいる児童に居場所を作るという目的でスタートしたらしい。もっとも実際にはそのようには機能してはいなかった。会員は四人しかいなかったし、会報を作ったり、一緒に遊びに行ったりしているだけだった。とは言えそこでの経験は面白く、貴重なものだった。
登校拒否は病である、と一般に考えられているが、この会の主張は、むしろ学校というのは経済成長のために役立つ人間を社会に送り出すための非人間的な装置であり、登校拒否とはそのような学校教育に対する拒絶反応なのだ、というものだった。つまり登校拒否を無意識的なシステムへの反抗として、ポジティヴなものとして捉えようというものだった。
もちろん僕は登校拒否などしたことはない。しかし新しい芸術のあり方を模索していた僕は、直感的に彼らの小さな闘いにシンパシーを感じた。本当に人間的に、クリエイティヴに生きようとすれば、どうしても社会のシステムと衝突し、齟齬を来さざるを得ないのではないか? 僕らの現に生きているこの社会は、僕らが人間らしく生きるためにつくられているわけではないのだ、といった反システム的な闘争への方向性の中に芸術の新しい形態、新しいあり方を感じ取ったからだ。
一人一人が創造的な生き方、生の新しい価値を打ち出して生きるべきだ、と僕は主張し、会のメンバーも共感してくれていた。『ニューフェイズ』という会も、創造的な新しい生の形を創出する会であるべきだ、と僕は考え、実際、会もそういう方向へ動き出したかに見えた。だが、やがてこの会は空中分解というか、自然消滅してしまった。問題は、会の目的と会の形態にズレが生じてしまうということだったと思う。
一人一人が創造的に生きるための会であるのに、会によって組織されてしまうのはおかしいのではないか? 個性を強調していながら、組織のヒエラルキーに従属しなければならないというのは……、矛盾なのではないか。
難しい問題だと思う。おこがましく聞こえるかもしれないが、この問題は、例えば芸術運動、シュルレアリスム、シチュアシオニスト、あるいはバタイユの組織したアセファルという秘密結社なども同じようにぶち当たった問題だったのではないだろうか? どうも二十歳の頃のあのときの僕らの経験、今思えば青臭さ満点の幼い闘いの経験は、それらヨーロッパの文化運動と同じ問題をはらんでいたのではないかと思うのだが、どうだろうか。
もうあらから二十年も過ぎてしまった。あのときの仲間は今どうしてるだろう? 元気でやってるだろうか?
登校拒否は病である、と一般に考えられているが、この会の主張は、むしろ学校というのは経済成長のために役立つ人間を社会に送り出すための非人間的な装置であり、登校拒否とはそのような学校教育に対する拒絶反応なのだ、というものだった。つまり登校拒否を無意識的なシステムへの反抗として、ポジティヴなものとして捉えようというものだった。
もちろん僕は登校拒否などしたことはない。しかし新しい芸術のあり方を模索していた僕は、直感的に彼らの小さな闘いにシンパシーを感じた。本当に人間的に、クリエイティヴに生きようとすれば、どうしても社会のシステムと衝突し、齟齬を来さざるを得ないのではないか? 僕らの現に生きているこの社会は、僕らが人間らしく生きるためにつくられているわけではないのだ、といった反システム的な闘争への方向性の中に芸術の新しい形態、新しいあり方を感じ取ったからだ。
一人一人が創造的な生き方、生の新しい価値を打ち出して生きるべきだ、と僕は主張し、会のメンバーも共感してくれていた。『ニューフェイズ』という会も、創造的な新しい生の形を創出する会であるべきだ、と僕は考え、実際、会もそういう方向へ動き出したかに見えた。だが、やがてこの会は空中分解というか、自然消滅してしまった。問題は、会の目的と会の形態にズレが生じてしまうということだったと思う。
一人一人が創造的に生きるための会であるのに、会によって組織されてしまうのはおかしいのではないか? 個性を強調していながら、組織のヒエラルキーに従属しなければならないというのは……、矛盾なのではないか。
難しい問題だと思う。おこがましく聞こえるかもしれないが、この問題は、例えば芸術運動、シュルレアリスム、シチュアシオニスト、あるいはバタイユの組織したアセファルという秘密結社なども同じようにぶち当たった問題だったのではないだろうか? どうも二十歳の頃のあのときの僕らの経験、今思えば青臭さ満点の幼い闘いの経験は、それらヨーロッパの文化運動と同じ問題をはらんでいたのではないかと思うのだが、どうだろうか。
もうあらから二十年も過ぎてしまった。あのときの仲間は今どうしてるだろう? 元気でやってるだろうか?
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