04.03.2004
KOREA & THAILAND
僕が海外旅行に出て最も影響を受けた国はといえば、韓国とタイだった。僕は9カ国ほどアジアの国を訪れている。インドやカンボジアなど衝撃的な国はあったし、ほかにも行ってみたい国はいっぱいある。しかし僕の体の中にその国の空気のようなものがしみ込んできて、生き方に影響を及ぼしたというのは、韓国とタイしかなかった。韓国とタイの民族性は、それはもう似ても似つかないものだ。両国の共通点は料理が辛いということと、言葉の発音が意外に似ていることぐらいだろうか……。
韓国人は実にせっかちでおせっかいなほど世話焼きである。街を走る車の運転の荒っぽいこと。誰かが書いていたが、何をそんなに急いでいるんだ、と言いたくなるほどだ。人の表情はなんだかちょっと固いような印象がある。女性もツカツカと脇目もふらずに早足で歩いていたような気がする。しかし親しくなると韓国人はあれこれ面倒見がいい。ほっといてくれない、といった方がいいだろう。何だってこんな僕にいちいちかまってくれるのか、と思ってしまう。韓国人はものをはっきりと口にする。日本人なら遠慮して言わないようなこともスパッと言う。声が大きい。街中で大声を出してケンカしている風景にしょっちゅう出会うだろう。それこそ火を吐くみたいに。でも韓国人の笑顔はいい。スカッと抜けた秋の空のような笑顔だと思う。それに比べると日本人は何か煮え切らない、中途半端な存在に思えてくる。初めて韓国を訪れ、日本に帰ってきたときそう思った。いいなと思ったのは、日本の女の子が、韓国のきついパーマをかけた、なんと言うかエッジのきいた感じの女性に比べてかわいらしかった、ということぐらいだろうか。
それに対してタイ人はというとうまく説明のつかない人たちだった。のんびりタラタラしている割には車の運転は荒っぽい。微笑みの国だなんていうが、タイ人の笑顔はなんだか信じられない。いい加減、無責任、悪口はいっぱい出てくる。ようするにタイ人はガキっぽいのだ。まともにつきあいだすとイライラすることばかりだ。しかし、タイに行くと僕はほっとするというか、体中のネジを緩めてしまったような開放感がある。人間、ややこしいことなんか考えずに、適当にやってればいいんじゃないだろうか。ある意味、自然体になれるような気がするのだ。タイから日本に帰ってきて思うのは、日本人はまあ、なんて一生懸命がんばってるんだ、ということだ。成田空港の税関の職員の職務に忠実な態度が、何か芝居がかった、作り物の態度に思えてくる。働きバチの国の舞台裏の骨組みをバラバラに解体してしまうような、脱力したパワーといったパラドキシカルなエネルギーがタイにはあるというのだろうか。
よくこんなことを思ったものだ、韓国から帰ったときは覚醒剤でもうったようにハイな気持ちになる。タイから帰ったときはヘロインでもやったような無気力な快感があると。
松本零士の「銀河鉄道999」の中に、怒髪星という惑星が出てくるが、韓国人を見て思い出すのはあの惑星の人たちだ。しょっちゅうけんかばかりしているが、それ故に人情深くて気持ちのいい人たち。一方タイ人を見てると、名前は忘れたけど乞食ばかりの星を思い出す。無気力で施し合って生きてる人たち。(失礼だよな。)
だけど、どちらの国も今の日本、あるいは近代社会というものにそれぞれ全く別の角度から問題を突きつけているような気がした。
いまも僕の中に韓国とタイが生きている。それについてすこし詳しく語ってみたいと思う。
韓国人は実にせっかちでおせっかいなほど世話焼きである。街を走る車の運転の荒っぽいこと。誰かが書いていたが、何をそんなに急いでいるんだ、と言いたくなるほどだ。人の表情はなんだかちょっと固いような印象がある。女性もツカツカと脇目もふらずに早足で歩いていたような気がする。しかし親しくなると韓国人はあれこれ面倒見がいい。ほっといてくれない、といった方がいいだろう。何だってこんな僕にいちいちかまってくれるのか、と思ってしまう。韓国人はものをはっきりと口にする。日本人なら遠慮して言わないようなこともスパッと言う。声が大きい。街中で大声を出してケンカしている風景にしょっちゅう出会うだろう。それこそ火を吐くみたいに。でも韓国人の笑顔はいい。スカッと抜けた秋の空のような笑顔だと思う。それに比べると日本人は何か煮え切らない、中途半端な存在に思えてくる。初めて韓国を訪れ、日本に帰ってきたときそう思った。いいなと思ったのは、日本の女の子が、韓国のきついパーマをかけた、なんと言うかエッジのきいた感じの女性に比べてかわいらしかった、ということぐらいだろうか。
それに対してタイ人はというとうまく説明のつかない人たちだった。のんびりタラタラしている割には車の運転は荒っぽい。微笑みの国だなんていうが、タイ人の笑顔はなんだか信じられない。いい加減、無責任、悪口はいっぱい出てくる。ようするにタイ人はガキっぽいのだ。まともにつきあいだすとイライラすることばかりだ。しかし、タイに行くと僕はほっとするというか、体中のネジを緩めてしまったような開放感がある。人間、ややこしいことなんか考えずに、適当にやってればいいんじゃないだろうか。ある意味、自然体になれるような気がするのだ。タイから日本に帰ってきて思うのは、日本人はまあ、なんて一生懸命がんばってるんだ、ということだ。成田空港の税関の職員の職務に忠実な態度が、何か芝居がかった、作り物の態度に思えてくる。働きバチの国の舞台裏の骨組みをバラバラに解体してしまうような、脱力したパワーといったパラドキシカルなエネルギーがタイにはあるというのだろうか。
よくこんなことを思ったものだ、韓国から帰ったときは覚醒剤でもうったようにハイな気持ちになる。タイから帰ったときはヘロインでもやったような無気力な快感があると。
松本零士の「銀河鉄道999」の中に、怒髪星という惑星が出てくるが、韓国人を見て思い出すのはあの惑星の人たちだ。しょっちゅうけんかばかりしているが、それ故に人情深くて気持ちのいい人たち。一方タイ人を見てると、名前は忘れたけど乞食ばかりの星を思い出す。無気力で施し合って生きてる人たち。(失礼だよな。)
だけど、どちらの国も今の日本、あるいは近代社会というものにそれぞれ全く別の角度から問題を突きつけているような気がした。
いまも僕の中に韓国とタイが生きている。それについてすこし詳しく語ってみたいと思う。
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