Sun.

ちょっと気になっている対立

 「東京シューレ」VS『不登校は終わらない』
 東京シューレの見解について
 『不登校は終わらない』は終わらない   

 もちろん僕は不登校の当事者でもなんでもないのだが、この対立が気になっている。『不登校は終わらない』(貴戸理恵 著)はまだ読んでいないが、『不登校 選んだわけじゃないんだぜ!』(貴戸理恵 常野雄次郎 著)は読み終えたので、それだけを手がかりに、一部外者として見当はずれの意見にならないことを願いつつ、ちょっと強引に自分に引きつけて、この対立について考えてみたい。

 『選んだわけじゃないんだぜ!』を読んで印象に残ったのは、(フリースクールの「明るい登校拒否の物語」に、不登校の経験を回収されてしまうことへの憤りのようなものが、当事者の立場からすると、存在するのだ、ということだ。
 ひとりぼっちで、家族にすら理解されずひたすら苦しみ、闘い、耐えていた不登校児にとって、フリースクールの「明るい登校拒否の物語」はほとんど「解放の物語」であったと想像される。否定され続けた自分が、一発カウンターで大逆転勝利でもしたかのように肯定されるのだから。常野さんは『東京シューレ』での日々が人生の絶頂であったとまで言っている。とにかく、フリースクールは(その明るい登校拒否の物語で)劇的に不登校児を救うことができたのは間違いないだろう。
 だが、思春期を過ぎて大人になっても人生は坦々と続いてゆく。大逆転の物語を心に抱いた不登校経験者たちは新しい現実に直面してゆくことになる。なんていうか、パワーアップした手強い敵が新たに、しかも次々と襲いかかってくるのだ。残酷にも、もう「大逆転の物語」は過去のものになって感傷とともに思い出の彼方である。そうそううまくハッピーエンドで話が終わるはずがない、そんな実感が貴戸さんや常野さんの中にあるのだろう。

 まあ、これは僕の勝手な想像に過ぎないのだけれど、(もう20年前の話で、当時はまだフリースクールなんてなかったんじゃないかと思うが、それらしきコミュニティは存在していた。)不登校経験者の友達を見てて同じようなことを僕も感じていた。彼らは不登校の問題を乗り越えてきた自分にプライドをもっていた。何の疑問ももたず学校に通い続けた子たちより、どれほど自分たちが繊細な感性を持っていて、人間を型にはめようと言う社会の圧力と闘い続けてきた純粋さをもっているか………。確かに彼らのプライドは正当なものだと僕も思う。なぜだか僕には登校拒否という体験をした彼らが羨ましくすら思えた。(だって僕はそんなドラマを自分の過去に何一つ持ち合わせていないのだから。)だが、社会に出てからの彼らは何かつらそうに見えた。想像でしかないし、具体的に何を感じてたのかもわからない。が、純粋に自分を貫いてきた、というプライドが強いだけにますます、新たな敵を前にゆきづまり、苦しんでいるように僕には見えたのだ(偉そうに書いてるけど、僕自身だって毎日苦しんでるんだけどね……笑)。
 当時からボンヤリと考えていたのは、登校拒否の問題はもっと大きな課題の中に解消されるべきなんじゃないか、ということだった。逆の言い方をすると不登校という事態が社会に突きつける問題の射程は、学校教育の枠を超えたものだ、ということになる。

 思い出すのだが、(20年前に活動していた)「登校拒否を考える会」で、彼らは精神科医の渡辺位先生と小さな対談を行い、僕も一緒になって録音テープから文章をおこしていった。その中で渡辺先生は、登校拒否をした子供の葛藤、引きこもり、暴力、神経症の症状などを、「下痢」にたとえていた。毒が体内に侵入すると体はその毒を強制的に排出しようと反応する。それが「下痢」であって、それは人間が自らの体を守るための正常な反応だと………。つまり、登校拒否は非人間的な学校教育=毒にたいして子供が全身でもって抵抗する、自らを守る正常な反応だと説明していた。
 つまり、本来子供をの成長を助けるのが教育であるはずなのに、現実には経済の発展に役に立つ人材の育成のための教育になってしまっている、がために子供はそれを危険と察知して、激しい拒否反応を示している、という筋書きであった。だからこそそのような反応をすることができる君たち不登校児こそが正常なんだ、と渡辺先生は主張していた。

 詳しい事情はまるで知らないのだが、おそらく「フリースクール」もこのような論理によって成り立っているのではないかと思う。だからこそフリースクールという場が、苦しむ子供にとって開放の場(自分こそが正常であると肯定できる場)であったのだろう。
 しかし、常野さんが本の中で書いている「明るい登校拒否の物語」、すなわち………

 

起:「学校に行くのがつらいよー」
 承:「学校に行けなくなったらもっとつらくなっちゃったよー」
 転:「学校に行かなくてもOKと気づいたら楽になった!毎日楽しくてしょうがない!」
 結:「現在は社会人として立派にやってます」



………という筋書きが「フリースクール」の紡ぎだす一つのマニュアルとなっているというなら、これは「公教育の迂回」としてとらえることができる。すなわち、画一的で非人間的な公教育を迂回できさえすれば、不登校児も最終的には普通の人と同じ着地点に到達できる、というマニュアルとして理解できる。
 だが、これはようするに不登校の問題をあくまで学校教育の問題としてのみ理解するということであって、不登校が社会に突きつける問題の射程を掬いきれていないように僕は思う。

 では不登校問題のもつ射程はどれほどのものなんだろう? 先ほどの渡辺先生の主張の後半部、教育が、経済の発展に役に立つ人材の育成のためのものになってしまっている、という主張、やはりここに注目しなければならない。渡辺先生は、教育とは本来子供の成長を助けるためになされるものだ、と考えていたようだが、それはたぶん違う。
 教育とは子供の成長を助けるというよりは、子供をシステムに馴化させることを目的に、社会によって企画されたものであって、経済の成長が至上命題である産業(資本制)社会の要請に沿ったものだ。つまりそもそものはじめから、教育は強制であり、圧迫であり、抑圧であり、ある意味非人間的だ。………したがって問題なのは、学校教育の非人間性というより、そのような教育を企画する産業社会の非人間性だということになるのではないか。
 つまり、不登校児の拒否反応は、学校教育に対してというよりも学校を含んだところの社会のあり方そのものへの拒否反応と考えるべきだろう。学校化社会なんて言い方もあるぐらい学校の本質は社会の本質と通底しているのだ。ひょっとすると、不登校児は産業社会のあり方への異議申し立てをひとりぼっちで行っていた、ということになるのかもしれない。

 だからこそ、不登校の問題は大人になっても「終わらない」わけだ。確かに大人になるといろいろと立場は変わるかもしれない。が、闘うべき相手は実のところ何も変わっていない。子供の頃は「学校」というわかりやすい標的があっただけにむしろ闘いやすかったかもしれない……。しかし、大人になるとある程度の自由を得られる代わりに、標的を見失ってしまい何をどう闘ったらいいのか逆にわからなくなってしまう、なんてこともあるのではないか。
 不登校経験者が大人になってどんな生活をしているのか僕は知らない。僕が知ってる数少ない不登校の友達(彼は働いていた)を見ていて、また彼らの行き詰まりを見ていて感じるのは、不登校問題の射程を計り損ねているために、何と闘ったらいいのかわからないというもどかしさであり、それだけに募りくる焦りや不安みたいなものがある、ということだった。彼らもまたきっと「明るい登校拒否の物語」をまだ抜け出せていなかった………それを乗り越える大きな物語にたどり着いていなかったのではないか……。いま、彼らがどうしているのか知る由もないのだが………。
 実際、常野さんの書いたものなんかを読むと、「明るい登校拒否の物語」をこぼれ落ちる不登校児や経験者が少なからずいるというのだが、そのことが示すのはやはり「フリースクール」の論理は不登校という事態の核心を説明し切れていないということだろう。

 大人になった不登校児の遭遇する新しい苦しみについて「フリースクール」になんらかの責任があるわけではないし、「フリースクール」の存在の意義は認めざるを得ないのだが、しかし、もし「明るい不登校の物語」が「フリースクール」のマニュアルである続けるとするなら、「フリースクール」は一つの限界をもつだろう。なぜならその「物語」は不登校問題の射程を学校教育の問題にのみ切り縮めてしまっているからだ。だからこそ、その「物語」は「現在は社会人として立派にやってます」ということをもってハッピーエンドと見なすことができる。しかしそれではフリースクールは公教育の綻びを手当てするを迂回路を担っているだけであり、システムの不備を補完する役割を担っているに過ぎない。………また、それだけにそれは抑圧的に作用する可能性をも持っている。

 貴戸さんや常野さんが言っている「明るい不登校の物語」に不登校の経験が回収されてしまうことへの違和感や不快感の存在………が示すことは「不登校問題の意味」の解釈において(東京シューレと貴戸、常野両氏の間に)大きな「ズレ」があるということだ。
 貴戸さんと常野さんは、まったく新しい「不登校像」を提示しようとしているのだ。一言でいって、それはたぶん「反システム的異物としての不登校」という像である。この不登校像は一般の人には受け入れがたいものである。なぜなら、不登校をそのようなものとして認めることができる人は、やはり、「異物」でなければならないからである。例えば、『選んだわけじゃないんだぜ!』の中の貴戸さんの文章にこんなのがある。

「理解する」ってなんなのか、ますます不思議になってしまう。
「学校に行かないと決めた」明るい不登校児に対しては、「理解者」がけっこういた。マスコミは学校批判のかたわら「学校の外で明るく元気に過ごす不登校児」を取り上げて、センセーショナルに持ち上げて報じた。学校の先生や研究者や医者など、高い学歴をもった人の中に、不登校を積極的に肯定しようという人はいく人もいた。
 理解者である彼らは問うた。
「どうして不登校は世の中では否定されるのか?」
 それに対して、常野くんは言う。
「どうして学校エリートであるあなたたちが、やすやすと不登校を肯定するのか?」


 つまりシステムの価値感を受け入れている人には、不登校を肯定できるはずがないのである。不登校を肯定できるということは、単純に言って、学校の中に貫徹する産業(資本制)社会の論理に疑問を抱いている=資本制システムにとっての「異物」である、ということでもある。不登校を理解し、肯定するということは、普通の人にとっては価値観のコペルニクス的転回を要求するものである。システムに乗っかったまま、あるいはニュートラルな立場から不登校を「理解」することはできないのだ。
 不登校の子供の親に、そのような価値観の転回がやすやすとできるものだろうか。それは親の生活全体を揺るがしかねない事態である。だって親も「異物」にならなければならないのだから。
 その点、「フリースクール」の「明るい不登校の物語」は親にも、マスコミやエリート学者などにも受け入れやすかった。なぜならその「物語」は、上で述べてように公的な学校教育のみに批判の対象を絞り込むことで、システムそのものを補完する役割を果たしているからだ。つまり「フリースクール」は「異物」のように見えて「異物」ではない。常野さんの言い方を借りれば、それは脱臭されたニンニクのようなもの………一見、反体制的な組織に思えるが、実はしっかりとシステムに寄り添っているのだ。
 だから「フリースクール」関係者は誰一人として「異物」にはならなかったし、なる必要もなかったのだ。

 したがって、『東京シューレ』と貴戸さんの対立は必然である。これは「システム」VS「反システム的異物」の対立であるのだから。たぶん相互理解は難しいのではないだろうか。もし奥地さんが貴戸さんの言葉を理解したとするなら、『東京シューレ』は活動の意味をその土台から問い直さなければならないだろうから。

 常野さんは、『登校拒否は病気だ。登校拒否は暴力を生む。登校拒否はひきこもりにつながる。登校拒否は不自由だ。そして、そのようなものとしての登校拒否を肯定するのだと。』と語っています。この言葉の意味は、不登校を社会における「異物」としてとらえ、「異物」として臭くて汚いまま、肯定しようということだろう。
 そして不登校というものを理解し、肯定しようとするなら、反システム的「異物」としての不登校という形で理解すべきであるとともに、それはまた理解する者に自らが「反システム的異物」になることを強いるものだということなのだ。このへんが不登校問題の奥深さ、難しさだと思うのだが、それにしても常野さんのこの言葉がピンとくるのは、20年前に僕自身が漠然と考えていた「登校拒否の問題はもっと大きな課題の中に解消されるべきなんじゃないか?」という疑問に、常野さんの言葉が応えてくれているような気がするからだ。

 僕は、貴戸さんや常野さんが提出している、新しい不登校像………すなわち「反システム的異物」としての不登校像に賛成します。そしてそれは「反システム的異物」としての新しい生き方を模索することを提案するものだと僕は解釈します。で、「異物」としての生を歩むとき、不登校の問題は「異物」としての生の単なる一つのエピソードになってしまっているのじゃないかとおもいます。あ、もちろん「異物」という言い方はあくまでシステムの側からの視点であって、システムの側からは臭くて汚いものと見なされる、ということですが………。

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