Sat.

祭の戦士はハッカーである

 うーむ、おもしろい。。。。
 このあいだ私は社会の改良に終わりなどないと書きましたが、それはつまり社会は永遠のβ版であるということに他なりません。また、sivadさんは、 われわれは自分の人生と同様、自分の社会をもハックし続けねばならない。それこそが民主制のルールであり、「永遠のβ版」である民主主義を使える状態に保つ唯一の方法であると、そしてそれはどちらも社会的な「運動」であり、「プロセス」であると書いています。sivadさんは民主主義について述べていますが、これはそのまま私たちの「自由」という言葉に置き換えてもいいでしょう。つまり「自由」とは社会の状態としてあるのではなく、「運動」として、また「プロセス」としてあるのだと。
 私はコンピューター関連の用語がさっぱりなのでまったく自信がないのですが、ここで言われているハックとは、ようするに私の言うところの「逸脱」と同じことのようです。「逸脱」という言葉がいらぬ誤解を生みがちだというのであれば、むしろ「ハッキング」という言葉に置き換えてしまったほうがすっきりするかもしれません。したがってこんなふうに言えると思います。

 祭りの戦士は、社会という永遠のβ版のバグを思わぬ形で明るみに出す永遠のハッカーである、と。
21:55 | 思想など | comments (10) | trackbacks (0) | page top↑