Sat.

仄暗い記憶の底から 8  釜山港へ帰れ

 初めての日本脱出の出発地は、成田ではなく下関だった。フェリーで韓国のプサンへ向かったのだ。
 初めての海外を前にして、私はやや緊張しながら大広間のようなフェリーの客室の片隅に腰を下ろした。しばらくすると一人のおばさんが僕のところにやってきて関西弁で話しかけてきた。プサンの税関は酒3本まで無税で持ち込めるのだが、私はいっぱい持ってるのであんちゃん3本だけ持って出てもらえるか? ということだった。いいですよ、と答えると、おばさんは僕に千円札3枚(いや三千ウォンだったかもしれない)を握らせて、これとっといて、といった。「いや、いいですよ、これくらいのことで。」と断ったのだが、おばさんは「いや、とっときなさい。金はいくらあっても邪魔になるもんじゃない。」と私に金を押し付けてきた。まあそこまでいうのなら断ることもないか……、と思い僕は金を受け取った。
 やがて船は出航し、しばらくするとさっきのおばさんが手招きして、一緒にこっちでメシを食いな、と誘ってきた。そのおばさんの横には紫色の光沢のあるジャケットを来たパンチパーマの迫力のある男が座っていて、そのまた隣には酔いつぶれた細身のチンピラ風情の奴が寝転んでいた。おばさんにいわれるままに食い物をつまんでいると、パンチパーマの男が「にいちゃん韓国は初めてか。」と話しかけてきた。ハイ、と答えると「じゃあいろいろと韓国のこと教えてやるよ。」と二人と一緒に過ごすことになってしまった。
 しかし話してみると悪い人ではなさそうだった。「韓国人にもいい奴と悪い奴がいる。いい奴は本当にいい。だけど悪い奴はとことん悪いから気をつけなきゃいけない。」なんていってた。大分のヤクザということらしく何度も韓国へ渡った証拠だと韓国のビザだらけのパスポートを見せてくれた。「ヘエ、そんなに韓国が好きなんですか?」とたずねると、「いやあ、好きっていうか……、女が安いからな。」
 そうなのだ。僕はずいぶん自分がナイーブに思えた。九州のヤクザは韓国に女遊びに行くのだな………。ストレートな発言に「地球の歩き方」かなんか読んで品行方正な韓国旅行を頭に描いていた僕は、現実というものの奥深さを見たような気がした。
 しかしパンチパーマのおじさんの方では、若い奴らがよく一人で韓国になんか遊びに行けるな、俺は一人でなんて絶対に恐くて行けねえや、などと感心していた。それを聞いていたおばさんが「時代や、そういう時代なんや。」と繰り返していた。

 数日後、ソウルに到着した僕はデーウォンという名の外国人の集まる安宿にいた。そこで日本人の旅行者に出会っていろいろと話を聞いた。僕がフェリーで韓国入りした、というと、「じゃあ、荷物もってくれっていうおばさんにあったか?」と聞かれた。その人の話によると、あのおばさんたちは、ポッタリ ジャンサと呼ばれる在日韓国人らしく、ああしてプサンと下関との間を行ったりきたりして、いろいろ商売をしてる一種の貿易商なのだ。「ええ、お酒もって税関を通ってあげましたよ。」というと、「じゃあ、五千円(ウォン)もらった?」と聞き返された。「いや三千円(ウォン)でした。」「それならメシ食わせてもらったんじゃない?」「そうです。そうです。」「じゃあ相場通りだね。」
 そうなのか。あのおばさんは親切でお金をくれたのではなかったのだな。そういうシステムだったわけだ。僕はその日本人の旅行者に聞いた。「でもあんなことで儲かるんですかねえ?」すると「何言ってんだよ。あのおばさんたちはスゲー金持ちだよ。あの商売で家が建つんだよ。」などと言っていた。
 ソウルの路地裏にある小さな居酒屋でのことだった。あのとき僕は24歳だった。僕も若かったのさ。
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