Tue.

仄暗い記憶の底から 3

 僕を知ってる人は意外に思うかもしれないが、十代の終わりにずいぶんとコンピューターに凝ったことがあった。当時コンピューター・グラフィックスが急速に映像の世界に入り込んできていて、自分を表現する手段として、僕はCGに可能性を嗅ぎ付けたのだ。NASAのボイジャー計画の惑星間飛行のCGや、「トロン」なんていう映画を見て、こんなことができるんだ、なんて思っていた。
 そう、僕はあの頃、美術大学の浪人生であったにもかかわらず、コンピューターの力を借りて総合芸術を自分一人の手で作り出したいなどと考えていたのだ。しかし、CGの世界へどのようにアクセスしたらいいのか見当もつかなかった。
 とにかくコンピューターに関する理解を深めなければならない、そう思ってカバンの中にデッサンの道具とともに「マイコン入門』なんて本を忍ばせたり、学校をフケて秋葉原をほっつき歩いたりしていたものだ。ちょうどパーソナルコンピュータという言葉が世間に広がりはじめた頃で、秋葉原にもパソコンの販売に大きなスペースを使う店が増えていった。パソコンを自由に使わせくれる店があって、僕は本を持ち込んでBASICのコマンドを打ち込んでパソコンを動かしていた。
 予備校がひけたあとバイトをしていたが、絵の具代やカンバス代に消えてしまって、とにかく金がなくてパソコンなど買えなかった。当時はNECのPC- 8001、シャープのMZシリーズなどが売れ筋だった。アメリカのパソコンはアップルとコモドールという会社のものが有名だった。今、僕はMacを使ってるけど、あの頃のアップルコンピュータなんて高くて手を出せるようなものじゃなかった。8ビットの今ではオモチャのようなパソコンが30万円以上したんだよね。
 本当にあの頃僕はパソコンが欲しかった。でもいつの間にか急速にコンピュータやCGに対する興味が失せてしまった。僕の芸術に対する考えがひっくり返って、僕は新しい芸術の地平に踊り出そうとしていたのだ。それ以来映像メディアに関心が持てなくなって、自らの身体、メディアとしての身体に注目するようになったんだ。(これに関してはいつかちゃんと書こうと思っている。)
 80年代前半、僕にとっては精神的に辛い時期だった。ひとつ間違えればヤバい世界にのめり込んで行ってしまったかもしれない。二年前にこのiMacを買った時、秋葉原をブラブラしてた頃の憂鬱な気持ちがふとよみがえったんだ。
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