05.13.2006
遠足に出陣する祭りの戦士
ガキの通っている幼稚園で遠足があった。本来なら女房が行くべきなのだが、女房がバイトを始めたタイレストランが、代々木公園で行われるタイ・フードフェスティバルに出店するとかで不在……ガキにくっついてゆけないのだ。そこで私の出陣ということになった。
あいにくの空模様のもと、生命を肯定するために磨き抜かれた剣をたずさえ、炎の装飾に彩られた甲冑で身を固め、ガキの遠足のお供に出かけた。
周りはガキどもと若いお母さんたち……死の危険が間近にせまる血なまぐさい戦場に慣れた戦士にはどうにもこうにも場違いな所に来てしまった感が否めない。私の存在が場の空気をぶちこわしていないだろうか……いやいや、何を言っているのだ、「空気を読む」だの「コミュニケーション・スキル」だの女々しい言葉がはやっている昨今、戦士の使命はあえて場の空気をぶちこわすほどに激しく自己を主張することではないか! 調和をぶちこわす異物であれ!……祭りの戦士はこう唱えるのだ。
さて、観光バスに乗るとさっそくガキどもの歌が始まった。キリスト教系の幼稚園だけあって賛美歌なんか歌ってやがる。アーメンなんて祈りの声が車内に広がるに至って、アンチ・クリストの私は思わず剣を引き抜き立ち上がった! 「ざけんじゃ〜ねえぞ!」………いやいや、せっかくの遠足を血の雨で台無しにしてどうする。座席に腰を下ろしながら「フッ、ザーメンなら私の体内に満ちているけどな……」と薄笑いを浮かべた。
私のガキはまだまだ日本語ができず、先生や友達とのコミュニケーションにも苦労しているようだ。が,それでも今日見た限りでは他のガキどもと楽しそうに駆け回っているようだし、口にする日本語の単語も増えてきた。もう少しの辛抱だろう。クソガキよ、苦労して強くなれ! この私もそうして戦士への道を歩いてきたのだ……。
そうこうしてる間に遠足は終わり、保育士さんたちの「さようなら」の声に見送られ、甲冑を身にまとった戦士はガキを荷台に載せてガチャガチャと音を立てながら自転車をこいで家へ向かった。
あいにくの空模様のもと、生命を肯定するために磨き抜かれた剣をたずさえ、炎の装飾に彩られた甲冑で身を固め、ガキの遠足のお供に出かけた。
周りはガキどもと若いお母さんたち……死の危険が間近にせまる血なまぐさい戦場に慣れた戦士にはどうにもこうにも場違いな所に来てしまった感が否めない。私の存在が場の空気をぶちこわしていないだろうか……いやいや、何を言っているのだ、「空気を読む」だの「コミュニケーション・スキル」だの女々しい言葉がはやっている昨今、戦士の使命はあえて場の空気をぶちこわすほどに激しく自己を主張することではないか! 調和をぶちこわす異物であれ!……祭りの戦士はこう唱えるのだ。
さて、観光バスに乗るとさっそくガキどもの歌が始まった。キリスト教系の幼稚園だけあって賛美歌なんか歌ってやがる。アーメンなんて祈りの声が車内に広がるに至って、アンチ・クリストの私は思わず剣を引き抜き立ち上がった! 「ざけんじゃ〜ねえぞ!」………いやいや、せっかくの遠足を血の雨で台無しにしてどうする。
私のガキはまだまだ日本語ができず、先生や友達とのコミュニケーションにも苦労しているようだ。が,それでも今日見た限りでは他のガキどもと楽しそうに駆け回っているようだし、口にする日本語の単語も増えてきた。もう少しの辛抱だろう。クソガキよ、苦労して強くなれ! この私もそうして戦士への道を歩いてきたのだ……。
そうこうしてる間に遠足は終わり、保育士さんたちの「さようなら」の声に見送られ、甲冑を身にまとった戦士はガキを荷台に載せてガチャガチャと音を立てながら自転車をこいで家へ向かった。
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Comments
で、ご立派な剣は、ピクリとも動かず 本当に終始収まっていたんですか?
そりゃ、何よりであります。
のりや、考えが正反対で違和感を感じざるを得ないお母さん方に、それなりに欲情してしまうというのは、キリスト教に根源をもつ理性的発想の領域では許されないことかもしれませんが、しかし、ヒトも動物と同じ脳を持ってはいるので、「性」じゃなかった、「生」を肯定する祭りの戦士としては、単にそれはやむ終えないものとあきらめるという世界に甘んじるのではなく、むしろ積極的に肯定すべきでしょう。
しかし、ホント、アンビバレントな感情に八つ裂きにされそうになっている荒井師匠の姿を思い浮かべると、それはもう、笑いの世界をはるかに通りこして悲壮であるとしかいいようがありませんなあ。
私も、そういう経験はよくありましたからね。拷問のような、バスツアーだったのではないでしょうか。
しかし、しかし、なんとも、なんとも、ご苦労さまでありました。
で、要はね、荒井師匠殿、わたくし流に解釈すれば、若いお母さん達に欲情してしまうのを、その場では受動で押さえ、そしてそれを奥さんに能動的に爆発させれば、それでいいんですよ。
って、スゲー、ニーチェの勝手解釈???
まあ、「浮いている」っていえば、おかあさんたちひとりひとりもそれぞれ人間として居心地の悪さを感じてるはずだし、私だけが拷問を受けているような感覚を持つのは滑稽ですよ。今の女房と結婚してガキを作るってことは、こういう居心地の悪さを積極的に引き受けることを決意したってことでもあるわけですし……。
ですからこの記事に関しては、声を出して笑えとはいいませんが、フフンと笑ってくれたらそれでOK牧場です。
で、荒井さん! な〜にマジに受け答えしちゃってんですか! って、でも、ほんとそうだよなあ、と思ったことがあって、荒井さんが置かれた状況のみならず、けっこう「誰もが居心地よくは思っていないのに、なぜだかその状況をみんなが維持しようとしている」ってこと、ありますよね。それは、「もしかしたら、居心地悪く思ってるのはおれ(わたし)だけで、そのことを口にしたらますます居心地が悪くなるんじゃないか」という「思い込み」が根っこにあるんでしょうが、宮本さんじゃないけど、もっともっとみんなが「イヤなことはイヤ!」とふつうに言えるようになり、かつ、そのことが何か別種の悪影響をもたらさないようになればいいのになあ、と思います。
ついこないだ「マムアン・カオニャオ」がうちの食卓にのりましたよ。女房に聞けばご飯の炊き方など簡単にsitaさんに教えることができるでしょうが、いろいろ詰問されて大変なことになりそうです。そのうち「女房を恐れる祭りの戦士」という記事を書こうかと思っているのですが……
「イヤなことはイヤ!」というワガママを清水の舞台から飛び降りる気分で、足をガクガクさせ、小便ちびりながら叫ぶことが………至高である。
・・・弱虫
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