Fri.

日本男児

 えー! こりゃあんまりだあ。

 私もネオダダやハイレッドセンターの頃の赤瀬川のファンです。脱力した人柄ですが、作品には不思議な緊張感がきらりと輝いていました。梱包や複製みたいなモダンアートの造形言語はわりとポピュラーなものですが、例えば有名なクリストの梱包なんかより赤瀬川の梱包作品のがよっぽど生々しくて面白いと思います。
 しかし千円札裁判以降徐々に赤瀬川の活動から気が抜けて行くように感じていたのも事実で、老人力なんて言うに及んで脱力というより耄碌してしまったのかと思っていました。
 ですが猿虎さんの報告にはさすがに目を疑いました。おやおや一体どうしてしまったんでしょう? これでは前衛の恥知らずな堕落であり、前衛という言葉への裏切りです。読んでみないことにはコメントのしようがありませんが、何かの間違いであって欲しいと思います。
18:05 | アート・建築・デザイン | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑
おばあちゃんが言っていた、、、その1 | top | バンコク日本人学校

Comments

# こんにちは
いや、立ち読みしただけなんであれなんですが……。
たしかに、ある時期以降は、「脱力」ばっかりで今ひとつ面白くないな、とは思っていました。が、今回のを読むと、そういうレベルじゃなくて、なんだか開き直りを「こじらせ」ちゃっているというか、そんなところに行っちゃっているように感じました……。
by: 猿虎 | 2008/02/09 02:14 | URL [編集] | page top↑
# ごぶさたしてます
脱力の表情に凄みを感じることがよくあるんですが、そういうのってやはりその表情の下に何かただならぬ魔物や、緊張が隠れていたり、状況とか文脈との関係の結果そうだったりするものだと思うのです。しかしこの様子ではほんとに気が抜けきって腐臭すら放ちはじめているようでガッカリです。

変節なのか、はじめからそうだったと考えるべきなのか、それともほんとに耄碌してしまったのか、、、
by: araiken | 2008/02/09 18:33 | URL [編集] | page top↑

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