06.19.2005
先生も大変だ
僕らと同様、大学の先生も大変だ。もうのんびりと仕事してることなど許されない。絶えず仕事ぶりは管理者にチェックされ、数値化され、仕事の質いかんに関わらず量的な評価によって格付けされる。大学同士、先生同士、激しいサバイバル競争に巻き込まれてゆくのだ。均質的社会は私たちの生存にとって危険な社会であるが、仕方ない………生き延びるためにはこのように改革してゆくしかないではないか。これは時代の流れなのだ。誰を恨んでも仕方がないのである。
さあ先生、ストレスを溜め込んで胃を痛めてる暇はありません。明日から私たちと一緒にサバイバルゲームを戦って参りましょう!
さあ先生、ストレスを溜め込んで胃を痛めてる暇はありません。明日から私たちと一緒にサバイバルゲームを戦って参りましょう!
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Comments
それにしても、内田氏の言動の矛盾ということを別にしても、大学の<管理社会化>は憂うべき問題であると思います。かつて大学は「レジャーランド」になったと言われましたが、これが「大企業」になっていくことのほうが、はるかに不気味であると思います。
全くおっしゃる通りですね。大学の研究って、役に立たないことを堂々とできる場であった、という一面はあったのでしょうね。そのような場が「競争原理」によって切り崩されてゆく………生活の隅々にまで競争のバトルフィールドが侵入してくる感じです。………問題は、それではどこに、資本主義的生存原理に支配されない場を切り開いていったらいいのか、ということだと思います。
cultureという語の語源は耕作に由来しますが、研究活動というのは農業に似ているかもしれません。努力が必ずしも結果に直結するわけではないのです。ですから、「過去五年間、論文を書いていない」からといって、それが「怠惰」であるとは限りません。大学でも、中身は別として要領よく毎年ペーパーを書き、雑事を嫌な顔をせずにこなす者だけが「出世」するようになるとすれば、それは「文化の貧困化」であると考えます。まあ、内田氏の立場はちょっと気の毒ではありますが。
内田さん、大変そうですね。闘ってらっしゃるのですよ、ネオリベラリズムの闘士として。
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