Tue.

スラム

 実は秘かに建築に興味を持っている。近代建築にも興味があってル・コルビジェとかミース、グロピウスなんて名前は頭に入っている。もちろん彼らの建築の意義は認めざるを得ない。伝統的、装飾的な建築を否定する形で近代建築は姿を現した。機能的で、国際的なじつにスッキリとした美観。そこには近代がどのようなものであるべきか、という思想が込められていた。近代のプロジェクトの壮大な実験であったのだ。が、時間の経過とともに当然ながら近代建築の様式に対して批判が提出される。が、それでも彼らの歴史的な意義は揺らぐことはないのである。
 ところでその後、建築様式のメインストリームとなって現れてきた、ポスト・モダニズム建築であるが、これがどうもいただけない。一言でいってつまらないのである。ちょっと見てほしいのだが………。


 僕のうちの近くにあるゴミ処理施設なんだけど、典型的なポスト・モダン建築で、田んぼの真ん中にこんなのが建っているんだ。


 よく見るとギリシアとかヨーロッパの宮廷みたいな建築様式が装飾的に使われている。


 設計した人には悪いんだけど、こういう小細工は面白くないし、よくあるラブホテルみたいな悪趣味さがある。こんな設計を任せた市もどうかしてるんじゃないかと思ってしまう。しかもこの施設は巨大なので妙な威圧感があるのだ。
 この感覚、何かに似てると思ってたんだけど、戦後のモダンアートの作品と同じだと気がついた。アンフォルメルとか抽象表現主義とかポップアートとかいろいろ流派があるけど、結局、あれらはすべて商品じゃないか、って僕は思ってしまう。ああやってアート作品同士の間でなんとかイズムとかいって、差異を競って、商品としての価値をひねり出そうという労働………それが戦後のモダンアートだと思うんだけど、ポスト・モダン建築もまったく同じなんだ。それは退屈なものなんだけど、新しい建築物はこぎれいで巨大なもんだから、こちらを力で圧倒してくる。なんていうか、資本主義社会の権力をこれ見よがしに見せつけられているようなそんな気になってくるのだ。システムには逆らえないよ、という無言の圧力を感じてしまう。
 たとえばなんだけど、同じゴミ処理場にしても、どうせデザインするならこのくらいやって欲しい、っていうのがこれ。建築というものでいかに自由な表現ができるか、日本の建築家も学んで欲しいものだ。

 一方、ポストモダン建築とは対極的なものではあるが、非常に面白い問題を提議している「建築」がある。
 『現代建築 ポストモダニズムを超えて』という本にスラムについての記述がある。ずっと前から気になっていた記述だ。ちょっと書き出してみよう。

『アジアやラテンアメリカにおいて大都市人口の半ばを占めるという、一都市数十万から数百万人が居住する現実のスラム、あるいはわれわれの幻像としてのスラムには、コミュニティがある。そこでは皆がいわば肩を寄せ合って暮らしており、ある一区画における生活の共同性は顕著である。それに対してたとえば我が国の今日の一般的な住宅地には、そういったコミュニティイの存在は希薄である。コミュニティの再生、それは近代建築、あるいは近代都市計画の誕生以来今日まで続く基本的テーマである。失われたコミュニティをわれわれはスラムに見いだし、ある感銘を受けるのであろう。そこには少なくとも人間がいる。生き生きした子供たちがいる。』

 そのあとに「同潤会アパート」についての記述が続く。随分古い鉄筋コンクリートのアパートなのだが、住民たちがそれぞれ勝手に部屋を広げるためや利便性を高めるために増築を繰り返した跡が見いだせるのだ。

『………既存のものは使いものにならなくなったのだろう。あとから取り付けられた給排水管が、こういった増室の隙間をはうように縦横に走っている。その光景は一瞬どきりとさせるほどのものだが、同時にある感動をわれわれに与えた。その感動はおそらく、生きること、住むことへの切実な欲求が建物に露に現れていることから来るのであろうし、また、建物がまさに生きている(増殖している)ことを目の当たりにしたことによるに違いない。』

 そして最後にこう締められる。

『われわれは、心の中では今日の工業化され、こぎれいにされた住宅や都市空間に対していつもなにか反発というか違和感を持っているのではないか。
 アーバニティという言葉がある。都市らしさといった意味の語だが、60年代、CIAMらの提案にはじまる整然としてこぎれいな近代都市計画や住宅地計画に対して、いわばゴチャゴチャとしてこみいった都市の提案のコンセプトとして生まれたものである。スラムやバラック街は、まさにこの反・こぎれいなものそのものである。そこでは都市や建築の構造が物体として文字通り透けて見える。そのことがわれわれを安心させるのだ。それに対して工業化された都市の中では、都市の構造も建築の構造もその滑らかな装いの中で隠されている。隠されているもの………見えないもの………に対するわれわれの不安がそこでの反発や違和感を生み出してると言えないか。
 アジアのスラムにおける建物やさきのバラックは、その大半が廃材によって造られているのだが、そのことが投げかける意味も大きい。廃材のコラージュとしてのそれらの建築が、かつてシュルレアリスムやダダがわれわれに与えた衝撃にも似た何かをおぼえさせるのだ。そこでは廃材………かつて生きられたもの………が、プロの職人ではなく素人による新しい組み合わせの中で新しい意味をもってわれわれの前に現出する。と同時に次のこともわれわれに気づかせる。使い捨てられ見捨てられたもの、それらはまだ生きている、生き続けようとしていることを。
 廃材や身近なもの(材料)で物を組み立てること、それはわれわれの幼児・少年体験として身体記憶に残るものである。このこともアジアのスラムやバラックにもつわれわれのある言いようもない親近感の説明から切り離すことはできないだろう。』


 これだ!と思ってしまう。商品として企画され設計された建築なんかより、生活の必要から出てきたカタチのほうがずっとおもしろい。これはアートにもそのまま言えることだと思う。作品そのものを目的につくられたものはおもしろくない。常にそれ以前の生活というか生き方のようなものがまず問題なのだ。スラムは面白い問題を提議している。
 さらにスラムにおけるコミュニティについての記述も僕にはひっかかる。「コミュニティの再生、それは近代建築、あるいは近代都市計画の誕生以来今日まで続く基本的テーマである。」と書いてある。現実にはむしろ、商品としての住居や建築、そして都市計画そのものが、コミュニティを分断しているように僕には感じられる。確かシチュアシオニストは都市計画を批判していたが………。
 どうもすぐ結論を出せそうにない。だが、面白そうなのでこれからも建築について考えていこうと思う。
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Mon.

Q&A その3

 さて、万年筆さんからの最後の質問は以下のようなものです。

 3、荒井さんは、資本主義論者が労働/生産の利点を論理で押し付けて来た時、どのように感じられますか? 私ならイライラすると思います。分かってないくせに、と感じて。でも私が「祭り」を彼らに説こうとすれば、必ずや同じ反応が返ってくることでしょう。同じく存在する人間に世界観について諭されるのは嫌なものです。
 私は頑なまでに「作品」というものの力を信じております。なぜなら芸術作品だけが、こっそりとその創作者の生へ、人々の関心を向かわせてくれるからです。社会を変えようと思えば、システムに犯された人々の心を納得させ、変えるしか無い。ではその為の試みが徒労に終わった時、つまり自分の理論が通じなかった時、彼らを排除しますか? 殺しますか? 私は初めからコミュニケーションを通して理解し合い、変えてゆきたい。そしてその為に、おそらく「作品」のパワーに頼るでしょう。メッセージより強く、行動より説得力がある、と信じているので。
 ゲルニカに中1の時感動して、ピカソのことを調べました。そこには彼の生が、創作への態度、として存在していました。だから私は感動し、それを至高性以外の何ものでないと理解した。美術の教科書にあった絵はどれも単なる「絵」としてしか当時の私にはうつらなかったが、ゲルニカは訴えて来た。それは真にピカソの実力だと思います。既成の主義、無意識に我々を覆っている退屈な理性、それを芸術家としてのスキルが超えたのです。
 荒井さんのエッセイ/作品を見て、すぐにどういう人なのか知りたくなりました。勝手な、厚かましい意見ですが、知って抱いたのはただ一つ、絵を辞めてしまったのか・・・という、くちおしい気持ちです。


 3つ目の質問を読んで感じるのは、万年筆さんが「作品」表現に与えている特権的な地位とでもいったものです。
 人間である以上誰もがもっている自己主張、………自分を認めさせたい、わからせたいという欲望、(これをヘーゲルは承認を求める欲望として、世界史の原動力だと考えていました。)それが満ちあふれている万年筆さんの言葉には共感を抱きます。脚本家を目指す万年筆さんがその「作品」という形での自己表現の中に込めているもの、それはこの悪魔的なと言っていいほど熱い、承認を求める欲望なのだと思います。
 しかし、ひとつ言っておきたいのは、私が選択した「作品制作の拒否」という戦略の中にも、万年筆さんの中にたぎっているのと同じ欲望が貫徹しているということです。

 私の出発点は、「作品」表現とそれ以外の「日常」的な表現は等価であるべきだ。そしてこの二つの表現の間に矛盾があってはならない、というところでした。なぜなら、どちらの表現も同じ、自分を認めさせたいという欲望の発現だからです。つまり、万年筆さんが、資本主義論者と議論を闘わせているときの自己表現と、脚本で物語を創作するという表現の間に質の差があってはならないのではないかということです。少なくとも、どちらもが自己主張するという「祭り」(コミュニケーション)への意志であるなら、あらゆる表現の形がそのための手段となるからです。たとえば、万年筆さんが資本主義論者と熱く議論を闘わしている瞬間というのはたとえ実りのない議論に終わろうとも、間違いなく立派なコミュニケーションだと思うのですが………。

 私は頑なまでに「作品」というものの力を信じております。なぜなら芸術作品だけが、こっそりとその創作者の生へ、人々の関心を向かわせてくれるからです………と万年筆さんはいいます。そして、「作品」の力は、メッセージより強く、行動より説得力がある………と。
 本当にそうでしょうか? 「作品」よりも日常的な表現のほうが、説得力を持つ例はたくさんあるように思いますが………。1年間かけて作り上げた作品よりも、その人がふともらした言葉や、立ち居振る舞い、目つき、なんてものが多くを語ることだってあるんじゃないですか? どんな表現が説得力を持ち、自分の想いを伝える働きをするかなんて、それはもう状況によってさまざまでしょう。
 いい例になるかわかりませんが、惚れた女に自分の気持を伝えるのに、詩をつくり、曲をつけて歌って伝えるのと(そんな奴いないかもしれませんが)、モジモジと吃りながら直接伝えるのと、どっちが説得的かなんてわからないじゃないですか。女にもよるし、どっちのやり方でもダメかもしれないし………。
 それに、セザンヌにしろゴッホにしろ、彼らの作品は生前ほとんど誰にも相手にされなかったんですよ。むしろ私や万年筆さんのような思想的なマイノリティの場合、どのような表現方法を選択しても、誰にも理解されないなんていう事態を覚悟しておくべきかもしれません。彼らが偉大だったのは、それでもコミュニケーションへの意志を持ち続けた、ということにつきます。
 もちろん、コミュニケーションが理解につながる、というのはひとつの夢でしょう。しかし仮に作品のほうが説得力があったとしても、それが理解につながらない場合は多々あるわけです。むしろ私は理解されることそのものは目的としません。理解されようがされまいが、「祭り」(コミュニケーション)への意志を持ちつづけることが大事だと思うからです。
 とすれば、「作品」のほうが説得力があるなんていう手段の「効果」を問題にする理由もないように思うのですよ。

 とにかく、表現の形式はそれぞれ得意不得意もあって、説得力という意味でダイレクトなメッセージや行動と「作品」の間に優劣をつけるのはおかしいと思います。ただ、確かに「作品」は個人の身体的な限界をはるかに超えることができます。創作者のあずかり知らぬ遠いところで、また創作者が死んだ後も、コミュニケーションの力を発揮し続けている。それが作品メディアのパワーだというのならうなずけます。
 しかし、それら作品は創作者の意図を越えた扱いを受ける可能性ももっている。誤解されたり、祭り上げられたり、高額な商品として投機の対象になったり、と。ゴッホやピカソの絵が何億円するのか知りませんが、このような事態は、ピカソが『ゲルニカ』のカンバスに絵の具を塗り込めていたときの精神状態とは別世界の話であるのは万年筆さんも認めてくれると思います。
 「作品」にはこういう側面もあるわけです。そしてさらに私が感じるのは、芸術に現れている「祭り」の精神の反システム的な契機を、「作品」を商品化することでアーティストという職業的なカテゴリーへと押し込め、骨抜きにしてしまおうという資本主義社会のやり口です。だから私は「作品」化していない日常的な表現手段に「祭り」(コミュニケーションへ)の意志の発現を絞り込んだのです。これは、「祭り」を断罪する資本主義社会への反抗的な戦略です。

 万年筆さんは、荒井さんのエッセイ/作品を見て、すぐにどういう人なのか知りたくなりました。勝手な、厚かましい意見ですが、知って抱いたのはただ一つ、絵を辞めてしまったのか・・・という、くちおしい気持ちです………とおっしゃっているわけですが、「絵を辞めること」「作品の制作を拒否すること」は、表現の「欠如」では決してないということを理解して欲しいのです。逆にそれは日常を「祭り」で満たしたいという意志なのですよ。
 これはある意味、厳しい選択です。だって「じゃあ、あなたは何もやってないじゃないか。」「だだの、普通に人であるに過ぎないじゃないか。」と、「欠如」として理解されがちからです。万年筆さんもそう思うから「絵を辞めてしまったのか・・・」なんて思うのでしょうが。しかし、「ただの」ではない………。だって、「ただの」人はいま私が語っているこんなことは考えもしないし、万年筆さんとこのようにコミュニケーションすることもなかったのではないですか? ここで私たちが語りあったことも、ちっぽけな「祭り」だったんじゃないですか? ここにはひょっとして一枚の絵を描くよりも強力なコミュニケーションがあったんじゃないでしょうか?
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Sat.

Q&A その2

 引き続き万年筆さんの質問に答えていきましょう。

 2、「祭り」がその地位を社会の中で回復し、資本主義的理知的労働/生産が取り除かれたとき、「祭り」はその浄化作用を失わずに「祭り」として存在し続けられるのですか? 毎日祭りだと正直飽きませんか? 祭りが社会システムの一部に組み込まれていたという遥か昔、祭りの散財する期間ではない、それ以外の期間、人々の暮らしは、現在の資本主義が与えてくれているような安定、を保持出来ていたのですか? 私は「祭り」の至高性に賛成ですが、資本主義的日常の保障も無視は出来ません。そして常に「祭り」であるような世界を好む気になれません。

 ………ということですが、私の書いたエッセイをよく読んでいただければわかると思いますが、私は確かに「祭り」がその地位を社会の中で回復すべきだ、とは言っていますが、資本主義的理知的労働/生産が取り除かれなければならない、とは言っていません。私たちは労働せずには生きてゆけないことは動かしようのない真実でしょう。おそらく万年筆さんがお読みになったであろう、カイヨワの『祭りの理論』にもありますが、「祭り」とは浪費と破壊の時間です。現実問題として、労働がなくなり浪費と破壊が続くような世界はありえないでしょう。「祭り」の毎日に飽きるとか飽きないとかの問題ではなく、そのような世界で私たちが生きてゆくことはできないと思います。
 誤解しないでいただきたいのですが、私は労働のない社会を夢見ているのではありません。そうではなくて私が願っているのは、社会が近代化(資本主義化)する以前には存在していた浪費の価値と権利を、近代社会に取り戻したい、ということです。したがって、常に「祭り」であるような世界を好む気になれませんという万年筆さんの指摘はまったくの的外れであることはまず言っておかなければなりません。(おそらく「祭り」は瞬間的なものでしょう。『一時的自律ゾーン』(ハキム・ベイ)という言葉がありますが、これは私の考えている「新しい祭り」と重なるような気がしてなりません。)もう一度私が問題にしていることを整理しておきます。

 近代化以前の社会においては、むしろ浪費は中心的な価値として社会の上に君臨していました。民衆は「祭り」の日のために働いていた………。さらに王侯や貴族、僧侶、などの存在、王宮や寺院などのモニュメンタルな建築、美術など、生産された富は惜しげもなくこのような非生産的な価値に向けて浪費されていたのです。
 しかし、ブルジョワジーが権力を持ち、社会が産業化するとともに、浪費に変わって生産が中心的な価値として登場してきます。ブルジョワジーは伝統的な身分制度を打ち壊したわけですが、それとともにシステムに組み込まれていた浪費の価値を断罪することになります。その結果、伝統的な祭りや、王権や宗教など浪費のシンボルは、私たちの近代社会においてはすっかり形骸化し戯画と化しています。

 つまり、近代社会はデモクラシーを獲得しましたが、それ以前の社会が保持していた、日常/祭り、の二項対立のうちの日常の秩序、すなわち生産労働の価値が全面化するという事態をも招いたというわけです。私たち近代人の上には生産の価値が君臨し、教育などを通じて生産の価値(勤勉な労働倫理)は私たち一人一人に内面化するに至っています。
 カイヨワも労働の秩序が支配する日常というものに関して『毎日仕事に明け暮れる、規則的で平穏な生活。禁止の体系の枠に組み込まれ、万事が慎重さそのものの生活。「静して動さず」の格言が世の秩序を維持しているこうした生活…………』と述べていますが、労働の秩序の規則的で平穏な退屈さが私たち近代人の生活全体を覆い尽くしてしまったということです。

 万年筆さんもきっとそうだと思うのですが、みんなが毛嫌いし、社会派のロック歌手なんかが告発しようとする「レールの敷かれた人生」の退屈さというのは、産業社会の生産的な秩序特有のものなのです。誰もが納得していない………。心の中に漠然と、あるいはピリピリと………働くための生、生産のための道具になってしまっている自分から脱出するための出口を求めているのではないでしょうか。
 産業社会のシステム、生産の秩序の外部への突破口。それはもうかつての「祭り」の形態(近代以前の浪費の制度)にたよることでは発見できない………。おそらくは、まったく新しい形態の「祭り」をシステムへの反抗という形で闘いとらねばならないのだと思うのです。
 ようするに私が『祭りのあと』というエッセイで言いたかったのは、この生産の秩序の外部への新しい道筋を見いだし、進んでゆくことが、新しい「祭り」の形になるだろうということ、そしてアバンギャルド芸術はまさにその新しい「祭り」の形であった、ということです。

 「祭り」(浪費)の価値を肯定する社会の実現というものはひとつの夢なのかもしれません。(共産主義の目指すところは、ここにあるのじゃないかと私はやや強引に解釈しています。)ですが、出来上がった社会はひとつの体制でしかないわけで、それは結局抑圧的に働き出すのだろうと思わざるを得ません。
 退屈で、勤勉の倫理をおしつけてくる私たちの近代社会を活性化しようと願うならば、もはや伝統的な形態としては失われてしまっている生産の秩序の外部への新たな突破口をうがつために闘わなければならない。そしてその闘いそのものが新しい「祭り」なのだと………、圧倒的に巨大化した生産の社会に少しでも多くの「祭り」をぶち込むこと………、私たち一人一人が「祭り」の輝きをまとうこと………。それはシステムに隷属的にではなく、自律的に生きることなのだと思います。
 ………でもそう考えてみると、近代資本主義社会というものは、私たち一人一人に新しい「祭り」の可能性を提供してくれたんじゃないかとすら思えてしまいますが(笑)。
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Tue.

Q&A その1

 万年筆さんという方から掲示板に質問をいただきました。随分熱心に私の文章を読んでいただけたようで、とてもうれしく思います。万年筆さんの心意気に私も応えなければならないと思います。いくつか質問があるので、率直にひとつずつゆっくり答えてゆきましょう。まず………

 1、「作品」が商品として認識されてしまうと、その中身に込められた創作者の「心の祭り」の興奮は二度と受け手へ伝わらないのですか? 作品の形式が、資本主義に犯された人々の意識内で「商品」になり下がったとしても、作品が持つ力は、その形式を打ち破り、「祭りの心」を伝えられるのではないかと思います。そうでなければ、荒井さんがご自分の生を通して実行されても、「変わり者(という一種の商品的カテゴリー)」と認識されて終わってしまうのではないですか?作品の力を信じないのは、すでに絶望しているからだと感じざるを得ないのですが?

 万年筆さんは私の『祭りのあと』などのエッセイを読んでくれたようで、その中で主張している「作品の制作を拒否する」という私の考えに対して、「作品の力」をもっと肯定的に評価するべきだ、とおっしゃっているように思います。
 まず誤解を解いておかなければならないのは、私は決して「作品の力」を信じていないわけではないということです。誰でもそうでしょうが、私も若い頃からいろんな文学作品を読み、レコードやCDで音楽作品を聴き、美術館や画集(複製)なんかで美術作品に接することを通じて自己形成をしてきました。もちろんそれらの作品は商品だったわけですが、当然、私は作品の中身に込められたもの………創作者の思いなり興奮なりをそれらの商品を通して感じ取っていたわけです。
 したがって私は「作品の力」を過小評価するつもりはみじんもありません。この間、ブログに載せた記事を読んでいただいてもわかると思いますが、むしろ私自身は「作品」を作りたくてしょうがないんじゃないかとすら思っているほどです。後ほど説明しようと思ってますが、実はこの問題は非常にデリケートな難問だと思っています。

 したがって、「作品」が商品として認識されてしまうと、その中身に込められた創作者の「心の祭り」の興奮は二度と受け手へ伝わらない、なんてことはありません。私が言いたいのは、創作者の意識の問題です。創作者が芸術作品を商品としてつくろうと意識した瞬間に、その創作活動は「心の祭り」から労働へと変質する、ということです。創作者にとっては、作品をつくっている瞬間の高揚(万年筆さんのおっしゃっているところの「祭りの心」=エネルギーの放出/浪費)こそが問題であって、つくられた作品がその後、商品となろうが何になろうがお構いのないことでしょう。
 もっとも創作者も食わなければならない、という問題もあります。そのためにはつくった作品が商品になってもらわないと困ります。しかしながらその創作者が「本物」であるなら、創作活動はたんなる商品の生産を越えたものになっているはずです。万年筆さんはピカソに感動したと書かれてますが、ピカソが『アビニョンの娘たち』や『ゲルニカ』を商品の生産(労働)として描いた、なんて思わないですよね。それはまさに祭り=爆発的なエネルギーの放出だったのであり、創作の瞬間、ピカソの中には労働しているなんて意識はみじんもなかったのだと思います。
 つまり、資本主義に犯された人々の意識内で「商品」になり下がったとしても、作品が持つ力は、その形式を打ち破り、「祭りの心」を伝えられるのではないか、という問いには、「当然そうです。」と答えますが、芸術家自身が「商品」制作者に成り下がったとしたらもはやそれは芸術(祭り)ではない、結果つくられた作品も「心の祭り」の緊張や興奮を内に秘めたものとはなっていないのではないか、と私は思うわけです。

 次に、「作品の力」を認めないなら、私自身が自分の生を通して「祭りの生」を実行しても、「変わり者」と認識されて終わってしまうのではないか、という問いかけ。………これは私のように自意識過剰な人間にとってはつらい事態ではあります(笑)。が、考えていただきたいのです。一人の創作者がそもそも何のために作品をつくり、何を求めて自分を主張するのか、ということを。金儲けや成功のためではないし、スターになりたいからでもない。やはりそれは他者とのコミュニケーションを求めてのことではないでしょうか。
 もちろん作品という媒体(メディア)はコミュニケーションのための手段として用いられるはずです。作品媒体を用いることで創作者の意志は、身体的な時間や空間の限界を越えることができる………その結果、地球の裏側にある、百年…いや、千年以上昔の芸術が今も私たちの心を揺さぶることができるというわけです。(万年筆さんのおっしゃる「作品の力」というのは媒体が持っているこの可能性のことだと思います。) しかしながら芸術表現というものはあくまでも手段である、というところを押さえておきたいと思います。作品メディアを利用しない表現はいくらでもある得るわけで、むしろ日常的なダイレクトな表現のほうが、コミュニケーションの方法としては自然なものにも思えます。とにかく問題なのはあれこれの手段なのではなく、コミュニケーションへの欲求なのだということです。
 そもそも「祭り」というものはコミュニケーションではないですか。生産の秩序の中で私たちは役割であり、道具であり、といった具合に個我に分裂していますが、祭りの興奮の中でそのような個我の限界は打ち破られる。むしろ新しい芸術家(これを私は半ば冗談ではありますが『祭りの戦士』と呼びたいと思う)の課題というのは、そのような祭り(コミュニケーション)の場を組織することにあるのではないかと思うのです。
 そのための手段として作品表現を用いる、ということであればそれは理にかなっていると言っていいでしょう。

 またこんな考え方をしてみたらどうでしょうか。………ひとつの生というものは時空とそれを満たす物質の中を流星のように駆け抜ける精神の旅路である、と。ひとつの精神は生まれたときから死ぬまで周囲の物質に働きかけ、破壊し、形を変え、移動する、といったことを繰り返していると言えます。(たとえば芸術作品をつくることもそのような働きかけのひとつです。)ある精神がこの世界をくぐり抜けあとには物質の上に何らかの軌跡や痕跡といったものが残るはずです。その精神が「祭りの心」をもち、「祭り」の場を組織するという課題をもちつつ生きた場合、その精神が物質の中に残した痕跡には、なんらかの「祭りの心」が残響のようにして残っているかもしれない。結果的にその痕跡を「作品」として理解する、ということは他の人たちの自由です。
 いってみれば「作品」というものは足跡のように「祭りの戦士」が駆け抜けたあとにできた痕跡だと私は考えたい。それを「商品」として売ろうが、美術館に収蔵しようが知ったこっちゃないというわけです。

 問題なのは、ある人が「祭りの精神」の持ち主であるかどうかということであって、「作品」というものは「祭り」の手段であり、また結果でしかないということです。私は「作品の力」を否定するつもりは毛頭ありませんが、「作品」を目的としないということ………すなわち「祭り」を組織するということ、に軸足を移すべきだ、と考えているわけです。
 私は「祭り」が「作品」となることは、商品化の前提だと思っています。そして商品化することで「作品」は流通し、資本主義のシステムに回収されてゆく……。いっそ、この流れを断ち切ってしまったらどうだろう。虚の部分に賭けてみるべきではないだろうか。作品形式をとらない自己表現に特化してみたらどうだろう。………あと付けではありますが、20代前半の頃そんなことを漠然と考えはじめていました。当時の私は、銀座の小さな画廊を借りて作品展を開いたのをきっかけに「芸術を日常生活の中に解消する」という宣言をしました。(まあ誰も相手にしてはくれませんでしたが。)
 実をいうとこのような「作品の制作を拒否する」と言う問題意識は、私だけのものではなく、シチュアシオニストというヨーロッパの左翼的なグループが50年代からすでに主張していました。彼らは「これからの美は作品の美ではなく、状況の美となるであろう」という意味のことを主張して活動を「状況の構築」へと特化させてゆきました。これは間違いなく私が考えていた「祭りの場」を組織する、ということと重なります。もっともシチュアシオニストの存在を知ったのは私が作品展を開いてから10年近くも後のことでしたが………。(私のこのサイトのミッションのひとつはシチュアシオニストの研究にあてられています。が、まだほとんど手を付けていません。)
 とにかく、万年筆さんがおっしゃったように、「作品の制作を断つ」という戦略は、自分自身を「変わり者」と認識されて終わってしまう、という事態に陥れる危険を間違いなくもっているものです。………ですが、はっきり言ってしまうと「変わり者」でも何でも構わないじゃないか、と思っています。上でも書きましたが、「成功」なんてことに何の意味があるだろう、問題なのは「祭り」を自分の日常の中にどれだけぶち込めるか、ということじゃないですか。シチュアシオニストはこう言ってます。「われわれは日常生活をワクワクするものにしたいのだ」と。偉そうなこと書いて、あなたのこれまでの人生がそんな素晴らしいものだったのか? と突っ込まれてしまいそうですが、まあ、口ほどにもなく地味なものでしたが、退屈したことはない、と答えておきましょう(笑)。

 この続きは次の質問に答えるという形で後日アップする予定です。それでは。
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Sat.

口実

 それにしてもこれほど僕が文章を練るのに夢中になるとは思わなかった。不思議なことに書きたいことは次ぎから次へとわき上がってくる。アクセスカウンターを見ればわかるのだが、僕のサイトを訪れてくれるのは毎日10人ぐらいしかいない。多分来てくれているのは友達や知り合いなどの常連の人ぐらいだと思う。とはいってもアクセス数をのばすことが目的なのではない。ネット上で人気者になるなんてのはくだらないことだ。まあ正直なところ一生懸命練り上げた文章なのだから少しでも多くの人に読んでもらいたいという気持はある。だが読まれなくってもいっこうにかまわない。いまや文章を練るという行為は僕にとって体にたまったものを排泄するような、生理現象ですらあるからだ。書かずにはいられないのである。
 ある意味僕はこれまで表現すべきものを体に溜め込んできたと言える。作品表現を断つ、という戦略をずっととってきたからだ。それはいまだに継続している僕の芸術上の課題である。だが、僕もバカじゃないのでここにある矛盾に気がついていないわけではない。つまり、「こうして書いているこの文章は、『作品』ではないのか?」ということ………。自分の主張を自分の行為が裏切っているんじゃないのか、ということである。
 もちろん、サイトに発表している文章は商品にはなっていない。が、仮にこれらの文章を本にすることができたとして、それを書店に並べることができれば立派な商品になる。あり得ないことだが、その本が売れて僕の家計を潤してくれるのなら、こんなうれしいことはない!……だがまあ、どう考えても僕の練り上げている文章は商品化の前提となる、「作品」表現の条件をしっかりと満たしていることは間違いない。
 というか、実をいうと僕は絵にしろ文章にしろ「作品」という表現形式が大好きなのじゃないだろうか? 本当は「作品」をつくりたくてウズウズしてるのじゃないだろうか、という疑問が頭の中を駆け巡っている。「作品」をめぐるこの問題は、僕の活動の中心を占める大きなアポリアである。

 そんな僕自身の持っている疑問を解決する手がかりになる言葉をここに載せておこうと思う。『東京ミキサー計画』赤瀬川原平 著………ハイレッド・センター直接行動の記録………。ハイレッド・センターというと何かの研究所みたいだけど、60年代の前衛芸術のグループ、一種のハプニング集団ということになるだろうか。高松次郎・赤瀬川原平・中西夏之の3人の頭の文字、高・赤・中を英訳したというふざけたネーミングだ。彼らの活動はとても面白いので一読をお勧めしたいが、ここでは内容には触れない。
 巻末に、『寂しげで冷ややかな浸透力ーフィクションとしてのハイレッド・センター』という題の3人による座談会が載せられている。重要だと思われる箇所を抜き出しておこう。

中西  ………高松がジャスパー・ジョーンズ論で、ジャスパー・ジョーンズがどういう思想で、どういう観念で仕事してるかどうでもいいけども、多分絵が描きたい一心に、『標的』なんていうものを発見するというようなことを言ったと思う。あれはいちばん塗りやすいわけだよ(笑)。やっぱりそれは方便でしょう。絵が描きたい、で方便のために方便をつくることによって、わざと塗ってる、わざと絵を描いてると。ハイレッド・センターの手法もそういうことに似てるんじゃないか、わざとやってる。結婚式に似せたようなことをやっても、なにも虚実の問題を扱ってるんじゃない、こっちが本当の結婚式でこっちが偽の結婚式で、虚と実のその境い目を見せるとかっていうんじゃなくて、なにか行動する、行動するためにはひとつの………。

高松  口実がいる。

中西  口実がたとえばルールであったり、あるいは言葉であったりというような、それを丹念にひとつずつ糞真面目にやってみることだよね。

赤瀬川 つまりディテールが欲しいんだよね。

高松  そう、ディテールがリアリティを持つわけだね。


 ちなみにジャスパー・ジョーンズの『標的』というのはこんな絵です↓。
a0000291_125785.jpg

 方便、口実………! これはドッキリするような見かたの反転であるが………そうなのかもしれない。いや、きっとそうだ。僕は今、文章が書きたいのだ。テクストという「作品」を編み上げたくてしかたがないのだ。そのための口実として「作品をつくらない」という思想をでっちあげたのに違いない。
 絵を描こうと思うとき、まずはじめにあるのは、ある画面を絵の具なり何なりで塗り込めたいという欲望である、と彼らハイレッド・センターの3人は。言いたいわけだ。そして、それを実現するためには口実が必要だ………と。アーティストが語る芸術論、思想といったものは絵を描き、作品をつくるための口実であり、方便なのだと。
 その感覚は中西夏之の絵を見てもわかるような気がするし、僕自身が毎日こうやってこねくり回しているところの文章………、語を組み合わせてできる有機的な言語空間を練り上げているときにも感じていることでもある。
 だけど、ただ、描きたいから描く、書きたいから書く、といった具合に、ただ「作品」をつくってるんじゃダメだ、ということだろうか。そこには口実が、納得のゆく形での、説得力のある口実がなくてはならないということか?
 たとえば『絵が描きたい一心に、『標的』なんていうものを発見する。』という言葉を僕に当てはめてみれば、『文章を書きたい一心で、「作品をつくらない=メディアとしての身体」という思想を発見した。』ということになる。とすれば(僕は自分の中に確かに感じていることなのだが)、もともと文章を書きたいという欲望があって、どうすればその欲望を実現できるかというその可能性に今まで心を砕き続けてきた………実は『文章(作品)はいかにして可能なのか?』ということが本当は問題なのであった、ということになるんじゃないだろうか。もっとも口実とはいってもペテンでも何でもいいというわけにはいかないだろうが。

 考えてみればシチュアシオニストだって、「作品をつくらない」という戦略をとっていながら、『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』という会報を定期的に発行していたし(日本でも翻訳されて分厚い本6冊分もある)、中心人物のギー・ドゥボールも『スペクタクルの社会』をはじめとして数冊の本を出版している。それらの書物を作品でないとは誰も言えないはずだ。本当に状況の構築だけが問題ならダイレクトな行動に集中してもよかったはずだろう。
 が、はたして「ダイレクトな行動」って一体なんだろう? 僕たちが何らかの行動をするという欲望を持ったとすれば、それは常に何らかの形式(たとえば、絵を描くとか文章を書くとか、車に乗る、ゲームをする、野球をする、などなど)を媒介したものならざるを得ないのではないだろうか。
 問題なのは、「作品を目的としてつくるというスタンスを拒否する」ということではないだろうか? つまり「作品はいかにして可能なのか?」と問われれば、「作品は明確に手段に貶められていなければならない」ということではないだろうか。あくまでも僕らにとってのメインは「生きること」にあるのであって、「作品」をつくるために「生きている」のではない、というスタンスをとるべきだ、ということではないだろうか。そのような「作品」との距離感が必要なのであり、その距離感をつくるためには「口実」が必要だと………。

 僕の場合、「作品をつくらない」という思想を主張するという「口実」があってはじめて文章を書くという一種の作品活動(文章を書きたいという僕の内なる欲望の実現)が可能になった、ということだと思う。
 そういう「作品」との距離感がとれているかどうかが大事だったりする。もう少しゆっくり考えてみたいと思うが、そういった作品との距離感があることが世界と戯れる「祭りの戦士」の特長ではないかと思うのだ。
10:58 | アート・建築・デザイン | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑