非常事態宣言
、、、なんだそうだ、バンコク。ガキの学校も緊急一斉下校だとか。でもなんかすごく平穏です。仕事のほうが大変で、緊急事態だったりします。とほほ。
ちなみに、バンコクに発令された「非常事態宣言」とは
非常事態宣言とは05年に制定された『非常事態下での統治法』第9条に基づくもので、非常事態を速やかに正常化し、暴動発生を回避するために発令するもの。同宣言を発令する権限は首相にある。
非常事態宣言下のバンコクでは、以下の制限を受ける。
(1)5人以上の集会および秘密会議、もしくは治安を乱すと考えられる行為が禁止される
(2)国民に不安感を与える記事、治安に関し国民に誤った情報を提供する記事を、新聞などあらゆる媒体を通じて配布・販売することが禁止される
(3)治安維持責任者が指定した交通路・交通機関の市民の利用を禁止することができる
(4)治安維持責任者が指定した建物への市民の出入りを禁止することができる
(5)治安維持責任者が指定したエリアから市民を移動させ、また同エリアへの出入りを禁止することができる。
とのことです。
犯人
タイでの邦人失踪事件で、どうやら犯人はほぼ特定され、タイ警察より日本人二人に逮捕状が出されました。掲示板ではマスコミによる報道に先立って、犯人像や、事件の背景などの不気味な事実が明らかにされています。
これが犯人(主犯)のブログだそうです。おまけにネット上に残っている書き込みから、事件の数ヶ月前には明確な殺意を抱いて凶行を計画していた事が窺われます。犯人は被害者の銀行口座から1000万円を引き出していますから金目当ての犯行であることは間違いありませんが、自分の身勝手な欲望のために他人を殺める絵を描いている様には身の毛がよだつ思いです。どうやらこの被害者が腐乱死体になる不条理な運命は、数ヶ月前には既にこの酷い男の手によって着々と形作られていたということのようです。ああ、なんて気の毒な被害者、、、
失踪
日本ではどの程度話題になっているのか知りませんが、気になる事件(こちらも参考)です。この人はバンコクに住み、為替や株のネットでの取引で生計を立てていた人です。もちろん面識などないのですが、実はこの人のブログはよく見ていました(有名なブロガーで、本まで書いていたのですね)。この手の人は観光ビザで滞在し、ビザランを繰り返しているわけで、私と全く同じ立場なのです。私は為替や株には全く興味も才能もないのですが、ビザランの情報なんかも時々アップされていたので、RSSリーダーにこのブログを登録して読んでいたわけです。同じバンコク在住にしても全く違う生活、、、儲けた金でパタヤとかベトナムなどに旅行をしている記事を読んで、厳しい毎日が続いている私は「優雅なものだなあ」と思っていたものです。それがこんな事件に巻き込まれることになるとは。。。もっとも、一番そう思っている(いた)のは失踪した当の本人でしょうが。
いや、まだ事件の全貌は闇の中で、この人の生存の可能性はゼロではないのですが、タイの山中に特徴のよく似た腐乱死体が発見されていること、失踪後日本でこの人の預金が引き出されていること、などから事態はかなり絶望的です。タイ人を使った日本人による犯行だと想像されます。
なんだか「外こもり」なんてヤクザな生き方をしているやつの末路だよ、なんて声が聞こえてきそうな事件です(個人的にはそうは思いませんし、また羨ましいとも思いません。)が、どうも私には人事には思えません。いや、私がヤクザな生き方をしているからというのではなく、このタイという泥沼がそう思わせるのだと思います。タイ人自体がそうですが、タイのような泥沼にはけっこうインチキな日本人も集まっていて、どこか薄暗い腐臭が漂っています。それに表面上は陽気で優しいのですが、タイ人はけっこう他人に無関心で、時折フッとうつろな表情をのぞかせることがあります。個人的な快楽の享受にはずいぶんと熱心なようにみえますが、倫理観に基づいた人と人の絆はビックリするほど淡白だったりするのです。おそらくそのような他人への無関心が、ある種の(インチキな)人たちには居心地のよさを感じさせ、タイへと引き寄せているのでしょう。そんなタイ人のうつろな顔を見るとき私の背筋にもスッと冷たいものが走ります(おそらく自分自身の中にもそういう部分があるのでしょう)。そんな時、きっといつか、ここにいる限り、、、私もこの人のように思いもかけない不条理に巻き込まれ、泥沼に中に死んでゆくのではないか、、、そんな根拠のない妄想的な予感に襲われることがしばしばあるのです。
線路はつづくよ
最近は違う道を通ってますが、交通量が多くて危険な大通りを自転車で走るよりも、こんなところを通ったほうが安全だし、職場への近道だったりします。どうせ列車など一日のうち数えるほどしか通過しないのですから。

ここは都心からクロントゥーイ港へと伸びる貨物線ですが、トタン板で作った粗末な住居が鉄道の敷地の周辺に多数存在しています。おもしろいことに住居のみならず、雑貨屋や食堂まで線路に向かって店を開いています。線路が人の通路や生活の場になってしまっているわけです。おそらくここに住む人たちは、いわゆるスクウォッターでしょう。タイだけではなく、フィリピンなど他の発展途上国の都市部の鉄道沿線でもこういった光景にはよくお目にかかります。また、ちょっと目をそらすと、モダンなあるいはポストモダンチックな高層ビルやら豪華なマンションやらがこうした粗末な住居群を取り囲むように林立していたりするというのは、第三世界の都市の光景としておなじみですが、それはバンコクにもあてはまります。そこには逆に目をそらすことの出来ない社会の矛盾が露出しているわけです。
しかしながら、私などこのような生活の場と化した線路のある風景に新鮮かつどこかノスタルジックな感動を覚えてしまいます。こんな環境に住んでいたことなどないと思うのですが、、、。
考えてみれば、私たちが日頃日本でお付き合いのある都市部の鉄道というものは、労働力を職場へと高速でピストン輸送する機関なのであって、鉄道の軌道はその遅滞なき効率的な輸送を妨げかねない要因からは極力護られています。そのため鉄道の線路は、私たち一般市民にとって基本的にアンタッチャブルなインフラになってしまっています。何を隠そう私はプチ鉄ちゃんなので、つるつるに光ったレールにほおずりしたい欲求が少なからずあるのですが(海援隊の『思えば遠くへ来たもんだ』という唄に「冷たいレールに耳を当て、、、」というフレーズがありますが)都市部の鉄道でそれをやるのは危険だし(保線員にでもならない限り)かなり犯罪的です。パッと思い浮かぶのは、レールの上に石を置く悪ガキとか、電車の前に身を投げて、無残な肉片となった者だけが、、、つまり交通へのプチテロリストにならないとなかなかできないことなのです。
ところがここでは、日本の都市部では許されない線路と人間の関係が当たり前のように成り立っています(レールにほおずりするタイ人はいないかもしれませんが)。そのあたりに生活の場と化した線路のある風景が、私にとって新鮮に感じられる理由があるのかもしれません。大げさかもしれませんが「手術台の上のこうもり傘とミシンの偶然の出会い」以上に新鮮な光景ではないでしょうか。
そういえば前回のエントリーで書き忘れたのですが、タイ国鉄の東北線がノーンカーイから先、ヴィエンチャンまで延長されています。メコン川に新たな鉄橋が出来るのかと思っていたのですが、なんとフレンドシップ橋の上を路面電車のように道路に埋め込まれた線路がラオスへと続いていました。すでにヴィエンチャン郊外に駅が出来てるみたいで、バンコクとヴィエンチャンの間を国際列車が走る日は決して遠くないようです。ま、この写真の貨物線もまたラオスまでつながっているわけですね。
あと何度ここを越えるのだろう?
観光ビザ取得のため、またラオスへ行かなければならないのだが、女房の悪い病気のせいで資金不足になり、今回は一人で行くことになった。が、それだけでは終わらなかった。
仕事を終えてこれからモチットのバスターミナルに出発、という段になって、(うすうす予想はしていたが)女房の奴、私のラオスへの旅行資金を賭け事につぎ込んで、半分ほどギャンブルの神に召されてしまっていたという事実が明るみに出たのだ。月初めだというのに既に生活費は底をついている(最悪の場合に備えて多少はヘソくってあるが)。しかし、今すぐ出国しなければ(不法労働のみならず)不法滞在になってしまう。
いかにも賭場から来た感じのくしゃくしゃの札束を、女房や兄弟たちの前で私は地面に叩きつけた。「これっぽっちで行けるのかよ! ふざけんじゃねえ! やってられっかってんだコンチクショウ!」、、、とタイ語で啖呵を切ってみたいとこだが、私の語学力ではそれは無理。まあ、このアクションの70%は演技だが、残りは本当の怒りで、それだけは皆に十分伝わったはずだ(本当に伝わったのか?)。この先私たちがどうなって行くのかわからないが、これでは家庭生活が成り立たないということ(今思えば小学校の入学金が払えたのが奇跡のようだ)、この女房にはほとほと困り果てていることだけはしっかり兄弟たちにアピールしておかなければならない。兄弟たちによると「ホント困った奴だ、kenには同情しているんだよ」という話なのだが、まあまあ、腹減っただろう、まずはラープとソムタムを食べなさい、みたいな感じになって(こういうときのタイ人は妙に明るくて優しい)、どこからかかき集められてきた最低限の旅行資金を渡される頃には、極悪ギャンブラーは仲良し兄弟の一人に戻って楽しげに笑い合ってるのだ。こんなぬるま湯じゃあ何も変わりっこない。沼だ! ここは生ぬるい泥沼なんだ! まったくタイ人たちは頼りにならない。いやいや、そもそもこの事態は自分自身で招き寄せたものじゃないか。自分でけりをつけなくっちゃ。他人に期待するのが間違ってるんだよ、俺。
、、、というプライベートでシビアな現実は横に置いといて、ここからは楽しげなタイ駐在ブログに変身です。

さあさあ、ヴィエンチャンビザラン組が3ヶ月に一度、どうしても渡らなければならない大河、メコンです。チベットの源流から中国雲南省、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、そして河口のベトナムまで六カ国を通過する国際河川です。乾季には、寒さで縮み上がったチ〇ポみたいに情けない水量の川になりますが、雨季の現在、泥色の水が滔々と流れています。


入国審査です。タイ文字とよく似たラオス文字が見えていますね。いったい私はあと何度このボーダーを越えることになるのでしょう。ところで、ラオスのお役人様、お願いですから入国カードはもっともらいやすい場所に置いて下さい。

ヴィエンチャンのバスターミナルに到着。これが首都の一番大きなバスターミナルです。年季もののバスがいっぱい停車しています。

フランスパンのサンドイッチ、ベトナムの菅笠、、、タイにはない風景、やはりここまで来ると、どこかインドシナの匂いがしてきますね。
うーん、残念なことに今回はろくな写真が撮れませんでしたが、次回は奇麗なラオス娘のスナップでも紹介できればと思います。それではまた!